山と海
嶽岑(えつぇ)。笑顔の美しい、素晴らしい人間だった。
義渠(ぎきょ)でさえ彼には礼儀を払い、彼の前では決して酒も煙草も吸わなかった、、くらいである。
男らしい力強さと、あまりにも か弱い優しい女性らしさ。
ふたつのものを含有している嶽岑。
史家の人間は尊敬、というよりは「畏敬」(悪い意味で?)の念を持って接していた。
妻、の不貞を「どうしようもないこと」として受け止めた嶽岑。
嶽岑「君がしたことだ。それが正しいんだろう。
正直辛い部分もあるけど、基本私は応援してる。
それに、、体大丈夫?」
少し寂しげな顔をして
嶽岑はいつも暗い顔をしている妻を気づかった。
バシッ!
義渠はある日思いっ切り娘を引っぱたいた。
あまりの凄い衝撃で、頬が真っ赤にふくれあがり、床に転がりガタガタ震える娘。
義渠「見苦しい。帰れ」
父娘は見つめあった。
娘は二度も嶽岑を裏切った。
それはつまり。
義渠「帰れと言っている」
こうして。
先に生まれた男の子と、お腹にいる女の子を連れて
日本に帰った娘。
嶽岑「君は大丈夫だから。
大丈夫。元気出して」
運命の大波は
凪の時もあれば、大波の時もあれば
津波の時もある。
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『・・・男の子の方は純人間です。
女の子の方は人外のようです。
(略)
いつか私の元を離れてしまうような気がして怖いです。
(略)
もしも私の娘を見つける時があったら、優しくしてあげて欲しいのです。
何故こういうことを言うかと言うと
あなたは義理とは言え祖父です。
きっと何か不思議なものが働いて、あの子があなたの元に行くような気がするのです。
どうぞ宜しくお願い致します。
長い手紙を失礼しました。
それではこれにて。
・・・
・・・』
くしゃくしゃっ
日本からの娘の手紙。
義渠は一通り読んで手紙を丸めてゴミ箱に捨てた。
しばらくして、嶽岑は肺炎にかかり・・・あっけなくこの世を去った。
葬儀に参加していた人が皆驚くほど木々がざわめき、空気が騒いだ。
義渠「(山からの・・・)」
山からの風を察知する義渠。
嶽岑『山は全てをこう、鍛えるつっちゃ語弊があるけど力強い雰囲気がありますからね。
それに、『森林浴』って言葉もあるくらいだし癒される部分も有るには有るっつーか』
『だから山は好きだねっ』
山の中でもないのに。
葬儀は
まるで森林浴をしているときのような
清浄な空気が流れていた。
こうして
人外以上の存在。「神」。
「山の神」になった嶽岑。
海の神「溟渤(みんお)」の逆と言えよう。
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所変わって。
朧浪(ろんらん)「占星術師、、を雇っていた」
え?
朧浪の方に顔を向けるコウ。
朧浪「嶽岑さんは『山の神』に成ったのだと
そう言っていた」
サァッ(風)
朧浪は笑って言った。
朧浪「愛凛さんは海の神の娘だけど、嶽岑さんに『山の神』に
懐いてるかもしれないな(笑)」
コウ「え?」
海と山。
朧浪「ふたつのものを欲しがる子」
コウ「・・・」
ポコッ
コウは胸から名賢の珠を出した。
暴奸の珠を捨てて、名賢の珠だけを持てる日が来るわ・・・
「(或いは名賢を捨てて暴奸だけを持てる日が)」
コウは祈った。
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義渠に『朧浪に半不老不死の術を授けた。長く生きられる』
と説明したコウ。
こわい、と思いつつも頑張って話すコウ。
コウ「せわしないのは分かっているのですが。
是非孫娘の『愛凛』さんをお探ししたく」
くるり、と体を回してコウを見る義渠。
コウ「私は愛凛さんの母親代わりです。
それなら『朧浪』さんは父親代わりです」
娘、、というと気が早いですが
探してあげたくて・・・
しばらく沈黙していた義渠。
朧浪が術で半不死になったこと、病で亡くならないことを聞いても
眉ひとつ動かさずに聞いていた・・・
くるっと背を向け「良い。許す」と短く言って 背中で「もう出て行け」と語った。
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コウ「多分知っていたんだわ」
たまに、分からないように会いにくる『愛凛』のことを。
知らない振りをしているけど、いつも彼女を近くに感じていた・・・義渠。
時空を越えてやってきた初恋の生物(生物)。
亡くなるはずだった命が先に延びた。長く長く・・・きっとそれも時空を越える。
そして
時空を越える娘『愛凛』を探す『旅』
止まってしまいそうだった針が壊されて。
無限の空に飛び立つことになった。
朧浪「(それは喜びなのか、苦痛なのか)」
空を見上げる朧浪。
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