六の宮の姫君

 

殺伐とした事件がちらほらあります。
そういう事件の中でも、特に残酷な事件を見ると、
「ちゃんと、ニュースという形で、大衆の前にこうして白日の下に晒されることになって本当に良かった」
と思うと同時に、
あまりにも残酷だと、これは何か大きな刑罰が必要なのではないか?と思うようになりました。



芥川龍之介のお話に「六の宮の姫君」というお話があります。

確か時は平安時代、六の宮の姫君という人がいて、
その人は普通に人生を過ごしていて、

受ける運命をそのまま受け、受動的な感じで生きていて、
亡くなる時に、亡くなった人を極楽に導く菩薩様が現れるのですが、
菩薩様は六の宮の姫君に気付かずにそのまま去ってしまった。

姫君はそのまま息絶えた。


これだけ、のお話で、

「へ?それで何だ?」
と、読者が首を傾げる不思議なお話です。


つまり、

生きると死ぬ、は表裏一体になっていて、

「死ぬ」には「生き」ないといけない。


それで、「生きてこなかった者」には「死は訪れない」
「死ねない」
と、そういうことを表現している、のだそうです。


死ぬ、が完了出来ないまま、姫はさまようことになってしまった・・・
(さまようことになってしまったのかもしれないし、消滅したのかもしれない)

生きる、という前提条件(死ぬための)をちゃんと満たしていなかったから、
死ぬことも出来なかった。

芥川はこう言いたいのです。


もしこれが、「無視」だったらマシだったのです。

気付かずに、、なので、
存在自体分かってもらえなかった・・・


無視、の場合は意図して知らん振りをするだけで、
一応存在そのものは分かっているということですが。。


このお話は、山岸凉子さんという方の漫画の中にご紹介されているお話で、
結局、姫は地獄に堕ちることも、極楽に行くことも出来ず、消えてしまったのだろうか・・・と思って読んでいました。


で、そのお話を「私文学知ってるんだよ!」という中二病的な欲求でふとたけちゃん先生にお話したのです。

へぇー!ひぃちゃん、ものを知ってるんだね!

という言葉を聞ければ満足でした。
(もちろん、漫画で知った知識なんて言わない。隠す)


しかし、


芥川・・・ 頭良いな・・・

と、ものすごい衝撃を受け、ショックを受けている様子でした。


私は、

芥川もすごいけど、、
でも、この作品の「怖さ」が分かるたけちゃん先生の聡明さに驚きました。


存在の無視がどれほど人にとって大きく響くのか、
それを さらっ と書いている芥川さんもすごいけど、
内容が内容だけに、受ける方も、相当な感性と頭の良さが必要な気がしました。


(私は散々これはすごいーというのをあらかじめ知識として色々読んでいて知っていたので例外です)


今現在、大津市のいじめ事件の加害者ですとか、宅間守の事件だとか、少し昔だと女子高生コンクリート事件とかの犯人とか、
正直死刑にしてもなぁ・・・と思える人間がぽつりぽつりいます。

生きている限り、いくらでもやり直せる・・・
だって生きているから

こういう台詞は、自分の犯した過ちを反省出来る人間に適用出来る言葉であって、
全く反省していない(罪悪感すら持たない)人間は、

「生きててもしょうがない」

と感じます。

地獄に堕ちる!なんて言葉がありますが、

ごめんちょっと今人がいっぱいで忙しいの!><
よそいってくれない?

と地獄からも受け入れ拒否されるべきだと思うというか・・・。
(そんなこともないか?)


最初から存在していなくて、
誰もその人を思い出さないし、語らない。

空想の人物ですらないような運命にさせるべきではないのかと。



まず戸籍を消し、その人のいた証を全部消す。

語ることを禁じる

事件などに一切取り上げない

ネットなど、裏で噂をする人間を極端に厳しく取り締まる(100万とか200万とか法外な罰金を課す)

それでも人はやはり噂をしたがる生き物なので、完全にはこういうのはなくならない

常時噂をする人からお金を巻き上げるので国はずっと潤う



こういう風にすればいいのではないかなぁ、、と。

名付けて「六の宮の姫君的刑罰」。

生きているのに、生きている感じがしない。

そういう風に追い詰めるとでもいいますか・・・。

やけになった犯人がものすごい大事件を起こしたとしても、
その事件を語ってはいけない。
なかったことにする。

自殺しても、お墓に埋葬せず、焼いておしまい。



これくらいの刑罰がないと、残酷な犯罪を犯して、死ぬまで全く反省しない人間が増える一方ではと思って。。



確か、「無視されるくらいなら、いじめられる方がまだマシだった」と
積極的にいじめられる人もいる、というお話を聞いたことがあります。


きっと、無視が一番効くのではないでしょうか。
生きている人間にとって。


無視、無関心。


いつかTVで見た、三つの部屋に入れられているリンゴで、
1、「好き」「愛してる」といっぱい言われているリンゴ
2、「嫌い」「死ね」といっぱい言われているリンゴ
3、何もされないリンゴ
は、一番腐りが早かったのが、「何もされないリンゴ」だったそうです。


嫌われようが、憎まれようが、けなされようが、
無視されるよりはマシなのでしょう。


そういうのを国家でやるべきなのではないかと思います。

法の名の元に、集団無視という大きな礎を作る。


きっと・・・
今までよりは犯罪が抑制されるのではないか?と思うのです。

(で、犯罪がうまく抑制されるようになったら、また改正する感じ。
日本で最初に試すのがいいかも?と。日本は世界に比べて圧倒的に犯罪が少ないので、
暴動が起こりにくいと考えるため)


 

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